現在Z世代の間でダンスが活況を呈しています。
2021年に発足したダンス競技『Dリーグ』は、参加者の圧倒的なパフォーマンスと運営会社のファンを引き付けるプロモーション戦略で熱狂的な人気となっています。
Dリーグが発表した資料によれば、日本のダンスの競技人口は2024年現在600万人で、2025年には1,100万人に達すると予想しています。サッカーの競技人口が700万人ですから、この数字がどれほど凄いことかが分かりますね。
契約書を専門に扱う弊所としては、ダンスの競技人口の増加に伴い、著作権に関するトラブルが増加するのではないか?と危惧しております。
なぜならダンスや舞踊の振付けは創作物=著作物であり、著作権法で保護されるからです。
著作物は、その権利の帰属先を『契約書』で定めることで、トラブル防止につながります。
今回は、ダンス・舞踊創作の委託契約書を作成・チェックする際に気をつけるポイントを解説します。
ダンスには、コンテンポラリーダンス、ヒップホップダンス、フラダンス、日本舞踊等その名称を問わず様々な踊りが含まれます。
ダンス・舞踊創作の委託契約書とは
本記事で解説するダンス・舞踊創作の委託契約書とは、下記のケースを想定しております。
企業や自治体が広報用のPR映像を制作する際、フリーランスのダンサーや舞踊家にダンスの振付を依頼し、依頼されたダンサーや舞踊家は、振付を⾏ったダンス舞踊を⾃ら収録して映像素材として納⼊。
ダンサー・舞踊家がその対価として報酬を受け取る。
契約書では、ダンス舞踊の著作権の帰属先、ダンス舞踊のテーマ、コンセプトイメージや報酬などについて定めます。
創作ダンス・舞踊の著作権の帰属先を定める
最初に、ダンス・舞踊創作の委託契約書の中でも最も重要な『著作権条項』について解説します。
著作権法の『ダンス舞踊』の位置付け
ダンス・舞踊創作の業務委託契約書を作成・チェックするにあたっては、「ダンス舞踊が著作物に該当するのか?」その判断基準について理解しておく必要があります。
著作権法第2条1項1号は、著作物について次のように定めています。
著作物とは思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう
また同法第10条1項3号には著作物の例示として「舞踊又は無言劇の著作物」を挙げていることから、ダンスの振付けは「舞踏」=著作物に該当します。
ダンス舞踊の著作物の判断基準
それでは、創作ダンス舞踊の全てが著作物に該当するのか?と言えばそうではありません。
映画「Shall we ダンス?」の振付師は「自身が創作したダンスは著作物として認められる」と主張しましたが、その訴えは認められませんでした。
判決文の一部を抜粋すると「社交ダンスの振り付けが著作物に該当するというためには、それが単なる既存のステップの組合せにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であると解するのが相当である」との論旨でした。(東京地方裁判所2012年2月28日判決 )
以上を踏まえて、契約書における著作権条項を組み立てていく必要があります。
著作権の帰属先を定める
著作権法では、現実に著作物を創作した⼈(ダンス舞踊の振付師)が著作者となり、著作者が著作権を持つと定められています。
依頼者が著作権者に報酬を⽀払ったからといって、それだけで依頼者が著作権を取得することにはなりません。
このため、契約書で著作権の帰属先を定めておくことが重要です。(著作権は譲渡可能)
依頼者は、ダンサー・舞踊家から著作権の譲渡を受けると、以後はその著作物を⾃由に利⽤できます。また。その著作物を三者が利⽤できないように制限をかけることも可能になります。
しかしダンサー・舞踊家にとっては、一度著作権を譲渡してしまうと、その後は譲渡先の許諾を得ない限り、自由にダンスを公表することができなるというデメリットが生じます。
著作権を譲渡する契約を結ぶ場合には、このような著作者のデメリットに配慮しながら著作権条項を詰めていきましょう。
例えば、ダンサー・舞踊家が著作権を依頼者に譲渡したくない場合は、著作権は自分の手元に残したまま、ダンス振付けの著作権を『利用許諾』に留めることも有効な手段と言えます。
『利用許諾』に留めた場合、依頼者が著作者のダンス振付を利⽤するためには、著作権者であるダンサー・舞踊家から、著作物の利⽤に関する了解を得なくてはなりません。
第○条(著作権の移転)
本著作物の著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)は、第○条の対価の⽀払いと同時に⼄に移転する。
第○条(利⽤許諾)
甲は⼄に対し、本著作物を下記形態で利⽤することを許諾する。
(1)上演
上演場所:
上演期間:◯年◯⽉◯⽇から◯年◯⽉◯⽇まで
著作権譲渡と利用許諾の詳しい違いについては以下の記事をご覧ください。
著作者人格権について定める
ダンス・舞踊創作の業務委託契約書では、著作権と同時に『著作者人格権』についても定めておきましょう。
著作者人格権とは、以下の3つを指します。
・公表権:著作物を公表するかどうかを決められる権利
・氏名表示権:著作者の氏名をどのように表示するか決められる権利
・同一性保持権:著作物の題名や内容を勝手に変えられない権利
これらを一言で表すと「著作者のこだわりを保護する権利」と言えます。
先ほどの著作権は人に譲渡することができますが、著作者人格権は譲渡することができません。
ということは、例え契約書で「著作権を譲渡する」と定めたとしても、著作者人格権だけはいつでも行使されるリスクがともないますので、依頼者としてはいつまでも安心できません。
そこで契約書には「ダンサー・舞踊家さん、著作物(振付け)を私に引渡した後は自分の著作者人格権を行使しないと約束してよね」と定めておくとトラブル抑制につながります。
権利を『譲渡』できない以上『行使しない』ことを定めるのです。
第〇条(著作権の帰属)
1 乙は、甲に対し、成果物の著作者人格権を行使しないものとする。
反対に、ダンサー・舞踊家が自身の著作者人格権を行使する可能性がある場合は、著作権と同様、『承諾方式』にしてもかまいません。
第○条(著作者⼈格権)
1 ⼄は、本著作物を改変する場合、事前に甲の承諾を得なければならない。
2 ⼄は、本著作物を利⽤するにあたって、次のとおり著作者名を表⽰する。
保証条項を定める
依頼者が、ダンサー・舞踊家が考案した振付けを用いて動画を撮影し、これを一般公開したところ、この振付けが第三者の著作権を侵害していた!こんなトラブルが発生しないとも限りません。
この場合、依頼者は第三者から損害賠償等の責任を追及されます。
同時に発注者の怒りの矛先は、振付けを考案したダンサー・舞踊家に向けられることでしょう。
このようなトラブルを防止するためには契約書で、「ダンサー・舞踊家は自身が考案した振付けが、第三者の著作者等を侵害していないことを保証する」保証条項を入れておくと良いです。
第○条(保証)
甲は、⼄に対し、本著作物が第三者の著作権、プライバシー権、名誉権、パブリシティ権その他いかなる権利をも侵害しないことを保証する。
もっともこの文言を契約書に入れ込んだからと言って、第三者の著作者等を侵害していないことにはなりませんので、クリエイター自身が第三者の著作者等を侵害しないよう注意する必要があります。
委託内容について定める
甲と⼄は、ダンス舞踊創作の業務の委託に関し、以下のとおり契約を締結する。
第1条 (委託)
⼄は、甲に対し、以下の舞踊、無⾔劇(以下「本著作物」という。)の制作を委託し、甲はこれを受託した。
(1)タイトル:
(2)ダンス舞踊のテーマ:
(3)ジャンル:
納品後のトラブルを防止するために、発注者とダンサー舞踊家の双方で、創作ダンスのコンセプトや完成イメージをしっかりと共有しておきましょう。
具体的には上記の項目についてできるだけ詳細に定めておきます。
報酬について定める
著作物(ダンス舞踊の振付け)を創作してもらう報酬には、以下の対価が含まれるのか・含まれないのか?
含まれる場合は、その内訳まで明記しておくことが望ましいです。
- 著作権の譲渡の対価(著作者から依頼者へ著作権を譲渡する場合)
- 著作物の利⽤承諾の対価(著作者から依頼者へ利⽤の承諾を要する場合)
第○条(報酬)
⼄は、甲に対し、本件創作業務及び本著作物に関する著作権譲渡の対価として、⾦○万円(消費税別途)を、○○年○⽉末⽇までに、別途甲が指定する銀⾏⼝座に振り込む⽅法で⽀払う。振り込み⼿数料は⼄の負担とする。
なお、報酬の内訳は、以下のとおりとする。
⾦◯万円;本件創作業務に対する対価
⾦□万円:本著作物に関する著作権譲渡の対価
まとめ
今回は、ダンス・舞踊創作の委託契約書を作成・チェックする際に気をつけるポイントを解説しました。
下記の条項については特に重要ですので必ず抑えておきましょう。
- 著作権の帰属先を定める
- 著作者人格権について定める
- 保証条項を定める
- 委託内容について定める
- 報酬について定める
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