うちの会社を辞めた若い社員から連絡があってさ、「私が出演しているSNSの投稿を削除して。早く削除しないと訴えるぞ!」って。
辞めた従業員には肖像権がありますからね。
みだりに自分の姿を公開されない権利を主張できるんです。
まいったなあ。
その社員が出演したショート動画がバズっててさ、再生回数が伸びてるし売上げにも好影響が出てるからできれば削除したくないんだよね。
どうしたらいいかな?
採用時やSNS運用開始時に、「SNS投稿に関する同意書」を作成・合意していないんだったら、早めに削除した方が無難ですね。
それと今後も同じことが起こり得ますから、早く同意書を作成した方がいいですよ。
退職社員からのSNS削除要請が増加
近年、多くの企業がSNSを活用して自社製品やサービスの魅力をPRしています。
特に、Instagram、Facebook、TikTokなどのSNSでは、ショート動画の投稿に力を入れるケースが増えています。
某自動車メーカーは、トップダウンで全国の販売店にSNSアカウントを作成させ、半ば強制的に運用させるほどの力の入れ具合。
しかし、このようなSNSマーケティングには社員の協力は欠かせません。
実際に勤務する社員が登場することで、企業の人間味や親近感がフォロワーに伝わり、顧客との信頼関係構築や顧客接点の増加に大きく貢献するからです。
しかし、会社の役員や人事・総務部の部長クラスは、この手法には潜在的なリスクが存在することを認識しておかなければなりません。
最近、退職した元社員からSNSに投稿した画像や動画の削除を求められるケースが増加しています。
これは、個人のプライバシー意識の高まりや、SNSコンプライアンスに関する知識の向上などが背景にあると考えられます。
企業がこのような削除要請に対応するには、投稿内容の編集や削除が必要となり余計な仕事が増えますし、あまりにも削除要請が増えるようではマーケティング戦略の見直しを迫られる可能性もあるでしょう。
さらに、対応が遅れたり不誠実な対応をすると、グーグルや転職サイトに悪評を書かれたり、慰謝料請求といった法的トラブルに発展するリスクもあります。
トラブル防止には同意書作成が有効
これらのトラブルを未然に防ぐためには、社員にSNS投稿やSNS出演してもらう前に、同意書を取り交わすことが効果的です。
同意書には、企業SNSアカウントの使用目的、期間、退職後の取り扱いなどを明記します。
社員の権利を尊重しつつ、企業側の利益も守る内容にすることが重要です。
以下に、企業SNSアカウントの運用同意書に盛り込むべき重要条項を解説します。
同意書作成の重要ポイント
同意書のタイトル
同意書のタイトルは、同意書、合意書などこだわる必要はありません。
「企業SNSアカウントの運用同意書」などで構いません。
重要なのは、タイトルではなく中身です。
SNS運用の目的の明確化
- なぜこれから自社がSNSアカウントを運用する必要があるのか?
- 何のために社員にSNS投稿をさせ、社員を出演させるのか?
- どのSNS媒体に出演する可能性があるのか?
これら事項を同意書に盛り込み、社員の理解を得る事が重要です。
社員へのプライバシー配慮
自社が社員のプライバシーを尊重する姿勢を合意書で明確にします。
具体的には、以下の様な条項を盛り込みます。
- 個人情報の保護
社員がSNSへ出演する際は、氏名、所属部署、役職等の個人情報は必要最小限の開示に留めること - 第三者への提供制限
会社が社員の画像および動画を第三者に提供する場合は、事前に社員の同意を得ること - セキュリティ対策
会社が、アカウント運用に責任をもつこと。
画像および動画データの保管には十分なセキュリティ対策を講じること
退職後の取り扱い
最も重要な条項です。
社員の退職後も、合理的な理由がある場合は引き続きSNSへの掲載を継続する(削除しない)ことの合意を得ます。
このような条項を盛込むことで、退職した社員からの削除要請を一定程度回避することが可能です。
しかし在職中の社員さんが「私はSNSへ自分の顔を出したくない」と主張した場合は、社員さんの主張を尊重する必要があります。
採用後は、このように企業に配慮義務が生じますので、対策として、採用前に「自社がSNSマーケティングをしていること。本採用後は社員に当SNSに出演してもらう可能性があること」などを、労働条件通知書や就業規則などで示唆しておきます。
削除要請への対応
社員の権利を尊重しつつ、企業側の裁量も確保します。
具体的には、「社員に正当な理由がある場合、社員は会社に対して自身の画像や動画の削除を要請することができる」旨を盛り込みます。
また、「自社は、この要請を受けてから●営業日以内に該当コンテンツを削除する」など具体的な日数を取り決めます。
ただしキャンペーンの告知コンテンツなど、投稿した内容によっては直ぐに削除できないこともあるでしょう。
例えばSNS投稿ではありませんが、社員が企業の決算セールのテレビCMに出演し、放映直前になって社員が退職。
そして「私は会社を退職したからCM放映は中止してほしい」なんて言われたらどう対応しますか?
このような場合は、「削除要請が自社の業務運営に重大な支障をきたす場合、自社は削除要請を拒否する権利を有する」と明記しておくと有効です。
もっともこの条項を盛り込んだからと言って、企業が社員からの削除要請に応じる義務が排除されるわけではありません。両者協議の上、解決する形になるでしょう。
同意の撤回と使用中止の要請
社員がいつでも同意(SNSへ出演することへの同意)を撤回することができる旨の条項です。
つまり、社員がSNSアカウントへ出演することが強制的ではないことを示します。
具体的には、「撤回方法」「撤回の効力」「不利益処分の禁止」などを明記します。
「不利益処分の禁止」とは、社員がSNSへ出演することを拒否したことを理由に、会社が社員に対して不利益な扱いをしないことを誓約する条項です。
免責事項
SNSへの投稿は良識をもって慎重におこなわなければ、炎上したり訴訟されるリスクが伴いますので、企業側はリスクを軽減するための条項を盛り込んでおく必要があります。
ここで1点注意。
例えば「社員の投稿に起因して第三者に損害を与えた場合であっても自社は一切責任を取らない」など責任の全部を免責する条項はNGです。
会社には使用者責任が生じるからです。
社員に企業アカウントを用いてSNS投稿することを命じたのは会社ですから、会社には管理監督者責任が生じます。
そして、会社の指揮命令下のもと社員がSNS投稿・SNS出演し、第三者へ損害を与えたのであれば、会社が第三者から刑法の名誉毀損罪や侮辱罪、民法の不法行為に基づき損害賠償請求されることがあります。(社員が直接損害賠償請求されることもある)
これにもかかわらず、「本投稿は社員が投稿したことですから我が社は知りません・存じません・一切責任を負いません」は通用しません。
このようなトラブルを防止するためには、SNS投稿に関する社内規定を作成しておくことが有効的です。
具体的には、SNS投稿・SNS出演において
- 競合他社の悪評を書いてはいけませんよ
- 政治・宗教の話題は投稿してはいけませんよ
- 特定のスポーツチームを養護したり、ライバルチームを卑下する投稿はいけませんよ
- 自社や自社製品の評判や品位を下げる投稿をしてはいけませんよ
など、SNS投稿と出演に一定のルールを設け、社員に周知させることで炎上や訴訟リスクを回避・抑制します。
社内規定を作成し、社員に周知させていたにもかかわらず、社員が故意(わざと)や重大な過失(ちょっと注意すれば防げて出あろうミス)により、第三者に損害を与えた場合、会社が一定程度免責される可能性はあります。
いずれにせよ、会社が社員にSNS投稿・SNS出演させておきながら、いざ問題があっても会社は全部免責ね、とする条項は無効ですので気を付けましょう。
SNS出演合意書のボリュームは控え目に
退職した社員から、SNSコンテンツの削除要請を防ぐには合意書の締結が有効であると説明しましたが、この合意書はあまりにもガチガチに定めることはお勧めできません。
仮にあなたが社員の立場で、目の前に4ページ以上にも渡る分厚い契約書が置かれていたら読もうと思いますか?
怯えてSNSに出演すること自体をためらってしまいますよね?
企業がSNSを運用する本来の目的を思い出してみてください。
自社製品のPRや採用活動における優秀な人材の確保でしたよね?
これらをアピールするためには、やはり自社で働いている社員の協力が不可欠です。
このため、社員にSNSコンテンツの企画・出演を楽しみながらやってもらうためには、合意書の絶対的な必要記載事項は抑えながらも、ボリュームを抑える工夫も必要です。
まとめ
今回は、
- 企業が自社のSNSアカウントに社員を出演をさせるリスク
- 退職者からのSNS削除要請には合意書の作成が有効的であること
以上、2点を解説しました。
近年、企業にとってSNSマーケティングは、集客、自社製品のPR、優秀な人材の獲得などにおいて非常に効果的なツールです。
しかし、社員がSNSに出演すると肖像権やプライバシーに関わる問題が生じますので慎重に運用する必要があります。
そこで会社は、SNS投稿・SNS出演に関する適切な同意書を作成し運用することで、社員の権利を尊重しつつ、企業のマーケティング活動を円滑に進めることができます。
本記事をお読みの役員様、人事・総務部門の責任者様は、今回解説したポイントは必ず抑えておきましょう。
社員との良好な関係を維持しながら、効果的なSNSマーケティングを展開することが、今後の企業成長の鍵となります。
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