「早く食べないと麺が増えるよ」
最初にこの話を聞いたとき正直何を言っているのか理解不能だった。
早く食べないと麺が増えるうどん屋があるというのだ。
いや、だって普通麺を食べたらその分麺は減るだろう。
全く意味がわからない。
真相を確かめるべく2025年の元旦から車に飛び乗った。
うどん屋の名前は『牧のうどん』
福岡県発祥のうどんチェーン店で、福岡・佐賀県を中心に全18店舗展開している。
聞いた話によると製麺工場から車で1時間半とか2時間以内の範囲内にしか出店しないこだわりがあるらしい。
だから大分県民の私に馴染みがなかったのだ。
「えっ福岡県と大分県て隣同士なんじゃないの?」
確かに隣同士なんだが、田舎をなめてはいけない。
大分市内から福岡市内まで高速を走って2時間かかる。
東京23区から車で2時間も高速をかっ飛ばせば福島、静岡、山梨あたりまで行けるだろうが、大分県は陸の孤島なので2時間走って隣の県に辿り着くのがやっとなのだ。
今回は大分県から1番近い店舗『鳥栖店』へ向かった。
お昼時に着いたらなんとこの行列。
30分は並ぶことを覚悟していたが、意外とあっさりとカウンターへ通された。この理由は後ほど説明する。
メニューが多くて選ぶのに時間がかかったが私は「肉ゴボウ」に決定。
ここで困ったのだが、注文の仕方がわからない。
カウンターには異様に細長い伝票とその隣に赤鉛筆が置いてあるのだが、記入方法が分からないのだ。
肉ゴボウを注文したいのに伝票には肉ゴボウが書かれていない。
そして伝票に丸を付けるのかも数字を書くのかすらも分からない。
しかもラーメン屋みたいに麺の硬さを選ぶのではなく、柔らかさを選べというのだ。
一体どういうことなんだよ。
伝票の記入方法と仕組みが理解できずにうろたえていたところ、ちょうど良くオバちゃんが注文を聞きにきてくれた。
私が肉ゴボウと伝えると、オバちゃんは伝票の「肉うどん」の欄に何やらよくわからない赤線を真横に引き始めた。
どこかに丸を付けるでもなく、正の字を書くでもなく真横一直前にゴニョゴニョ文字!?
「えっそんな書き方分かるわけないやん」
注文の仕方が所見殺しすぎるだろ。
オバちゃんは私が間違って赤鉛筆で丸を付けた伝票をちぎってクシャクシャに丸め厨房へと戻っていった。
店内はカウンターも座敷もビッシリ満席だったので、うどんが提供されるまで15分はかかるだろうと覚悟していたがほんの数分で運ばれてきた。
肉とゴボウで『肉ゴボウうどん』の登場である。
一見すると何の変哲もないうどんに見えるが、本当に麺が増えるだろうか?
まずはスープを一口すすってみる。
「うまい!」
あっさり風味の出汁に肉の甘味が程よく合わさっており飲みやすい。
大分にも一大チェーン店『鳴門うどん』があるが全然味が違う。
そして麺を一口。
「なんだこのブヨブヨの麺は」
通常うどんはコシが命なんて言われるが、牧のうどんの麺は真逆。
とにかくブヨブヨしているのだ。
それもそのはず、牧のうどんの麺は注文を受けてから湯がくのではなく常に湯がき続けられている麺を提供されるので最初からブヨブヨなのだ。
だからと言って不味いのかというとそうではなく、めちゃくちゃ美味しい。
そして食べ続けているとあることに気が付く。
食べても食べても麺が減らないのだ。
いやむしろ増えている気さえする。
これが噂の真相、麺が増えるうどん。
どうやら極太のブヨブヨ麺が、口の中に入るスピードを追い越し出汁を吸収し続けて増幅拡大しているのだ。
だから「早く食べないと麺が増えるよ」と言われているのか。
やっと理由がわかった。
そしてまだ全然食べていないのに、麺が完全に出汁を吸収し尽くしてしまい、麺だけが残ってしまった。
「えっこれからおつゆ無しで麺だけで食べなきゃいけないの?」とうろたえていたら、オバちゃんから「やかんの中におつゆが入っているから継ぎ足して食え」と言われた。
確かにうどんと一緒にやかんが運ばれていた。温かいお茶が入っていると思っていたがおつゆが入っているのか。
なるほど、ダラダラ食べてたらおつゆが減るからこれを継ぎ足しながら食べろということなんだな。
かくして、いくら食べても麺が減らないうどんと15分ほど格闘しながらようやく1杯完食。
本来うどんなんて立ち食いレベルで5分もかからずサラッと食べるのがデフォな食べ物なのに、こんなに手こずる、いや口ずるうどんは初めてだ。
しかし味は本当に美味しかった。
車で2時間近くかけて食べに来た甲斐があった。
美味すぎてリピ確である。
メニューが豊富なので次は違うメニューを頼んでみよう。
さて、冒頭行列の割に直ぐにカウンターに通され、また満席なのに一瞬で料理が提供された話をしたのを覚えているだろうか。
行列がスイスイ進み、激混みの店内にもかかわらず短時間でうどんが提供された背景には、シゴデキのオバちゃん達の存在があった。
オバちゃん達の動きがテキパキしすぎていて、一切の無駄がない。だから何もかもが早いのだ。
おそらく、チンタラしているオバちゃんは必然的に淘汰されてしまうのだろう。
その結果、シゴデキすぎるオバちゃんだけがスタメンで残っており、彼女たちが激混みのピークタイムを捌いているのだ。
かくして、早く食べないと麺が増える伝説のうどん屋『牧のうどん』の実証実験は無事に終わった。
初見殺しのオーダー方法や謎やかんに翻弄されながらも実食することができたわけだが、これらをひっくるめて感想は「美味い」の一言に尽きる。
本記事を読んで牧のうどんを食べたくなった方は、是非九州福岡県へ訪れ自分の目と口で「増える麺」を確かめてみてほしい。
なお、訪れる際はこの動画を見ることをお勧めする。
牧のうどんを何十倍も楽しむことができるだろう。
実は私が牧のうどんを知ったキッカケが、この動画なのである。